続・森公美子は日本の販売的な法律にギリギリな感じでiPhoneを売りつけられたらしい。

まずは、昨日の記事で「森公美子」さんの名前の表記を間違ってました。御免なさい。
「森久美子」ではなく、正しくは「森公美子」ですね。すみません。ここにお詫びして訂正します。

で、このネタ、意外と盛り上がってるっぽいので、続きを書いてみる。
以下、ネットで見付けた他の人の反応にコメント。


森久美子って遙洋子などと同じ類の人種の先端やん…。
なるほどー、この類の人種の善し悪しは置いておいて。確かに同じジャンルの臭いがしますなあ。


iphoneは直感的じゃない。
ワシもこれは同感。iPhoneのUIはまるで禅問答。
ついさっき、

iPhoneから「携帯百景」に初めて写真付きのメールを投稿しようとして、写真を添付する方法が分からなかったもん。
結局、Safariでヘルプを見て分かった。メール→写真添付、という流れじゃなくて、写真→メールに添付、という流れなのねー
あとは、

さっき紹介したばかりの、ホーム画面のアイコンを並べ替える方法も偶然発見したし。たいていiPhoneのUIって、Webでなにか(主にiPhone系のブログ)を見て知るか、操作してる時に偶然変なことをして気付くかってパターン。あとは、さっきのように純粋に困ってヘルプを見る。まあ、慣れてくると、だいたいこうかな、って感じで長押ししたり、ダブルクリックしたり、トリプルクリックしたりして、機能を探すようになってくるのだが。果たしてそれが「直感的」と言えるだろうか? ワシはぜひ「禅問答的」と命名したい。ジョブズと謎かけをやっていると思えば、まあ耐えられないこともない。(ぉぃ
ハッキリ言って、Windowsの操作系にわりと似ている、UIQの方がはるかに直感的に操作できる。少なくともワシの場合はね。
そして、ここでワシが指摘したい、iPhoneが犯した数多くの間違いの中でも重大なものの一つは、書籍のマニュアルを添付しなかったこと。これはストラップの穴を開けなかったことに次いで罪深いです。(ぉぃ


ウィルコムは適切なスキルのユーザ向けに売ろうと注意を払ったようですが、それでもWILLCOM 03
発表時には「これはスマートフォンで普通の携帯とは違うんです、とお客に説明をしても、同じ携帯
売り場にある時点できちんと区別してもらえない。だから、普通の携帯だと思って買ってしまっても
大丈夫なスマートフォンを目指した」と言うような事を言っていたはずです。
なるほどー、こうやって尖った仕様のスマートフォンがキバを抜かれ、大衆に迎合した結果、不抜けた端末に成り下がっていくというシナリオかー
結局、大衆が望み、大衆が使いやすいとする端末が必ずしも優れた端末、優れたUIではないからねえ。
これを読んでいて思い出したのは、以前、「スマートデバイス寄り合い」界隈で議論のあった、スマートフォンを購入するには免許を必要とする、免許制度。本当にこうすべきなんじゃないかと思う。スキルの低い人はそもそも購入できない。購入したい人は頑張って勉強して免許を取る。それがハッピーだと思うけどなあ。

携帯免許の例)
大型特殊ガラパゴス・普通ガラパゴススマートフォン第二種・小型特殊UIQ・中型S60第二種
こんな感じでー
制度としては、TELECの適合証明とかよりもよっぽど有意義だと思うけどなー(ぉぃ